雲の足跡  〜呪われた大地 ブラド Another story 〜

惑いの封書

それを見つめる自分の姿が、ひどく虚ろなものに思える。
視界が一点に凝縮されたように狭まって行き、周囲の景色が
霧のかかったように消えていく。
体の奥底にある魂が、何かに反応し引き寄せられ、外へと飛び出そうと
しているかのようだ。

コンッ コンッ

意識が朦朧とする中、木製の扉が小気味良いリズムと音を響かせた。
その音で、ハッと我に返り、扉の方へと視線を送る。

「お、お客さん、居られますか?」

扉の向こうから、年季を感じさせる野太い男の声が聞こえてきた。
その声はこの宿の主人のものに違いなかったが、何か違和感があった。

「ご主人か?どうした?」

扉越しに軽く応える。相手の声の様子から、心の中で警戒し身構えたが、
声でそれを悟らせるような真似はしないよう注意を払った。

「貴方に会いたいという方が、お見えになっておりますが・・・。」

昨日この街へとやってきたばかりの身に、すぐに思い当たる知人がいるはずもない。
差当たって言えば酒場で仕事を頼んだ情報屋だが、以来の内容は昨日の今日で
片付くものではないはずだ。

壁に立て掛けてあったものを手元へと引き寄せ、ベットの脇に置いた。
そして、その前へと毛布を手繰り寄せ目立たないようにする。

「ありがとう、通してくれ。」

もしも昨日の連中ならば、わざわざ主人が取り次ぐのを待っていることは
ないだろう。襲う気ならば部屋が分かればすぐに押し入ってくるはずだ。
しかし、物事に絶対はない。

主人に取り次ぎの礼を言いつつも、目は部屋の様子を把握する為
忙しなく動かしていた。それは、万が一の場合を想定した何時もの癖でもあった。

ギィィーッ

取り付けの金具が軋むような音を立て、扉がゆっくりと開いていく。
その間、意識の中で、自分の立ち位置と扉との距離をもう一度測り直した。

「失礼致しますっ!」

想像を裏切る、元気の良い若々しい声が、室内に凛と響き渡った。
開いた扉の影から現れたのは、艶やかで真っ直ぐな淡い栗色の髪に、
爛々と大きな目を輝かせ、頬に幼さの残るそばかすを蓄えた少年だった。

「突然の来訪、申し訳ございませんっ!」

少年は、意義を正すかのようにキュッと直立し敬礼の構えを取った。

「私、この町の副領主リオネル・H・クールド様の侍従を務めます、アルトと申します!」

固い礼式と物言い、強張ったような表情が何とも新鮮で青い雰囲気を出している。
容姿から読み取れる年齢と言い、まだ勤め始めて日が浅いのだろう。

「で、その副領主様の使いが何のようだ?」

よく見ると目の前の少年の胸の辺りに、獅子の紋章を象った金色の刺繍が為されている。
その意匠にしばしの間、目を奪われながら昨夜の事を思い出していた。

カトラスという組織との喧騒。そこの副頭目と名乗り、戦いを挑んできたヒルダという女性。
その間に割って入り、その場を支配する感じで事を収めた貴族の男・・・。

「リオネル様が、貴方様に謁見をお許しになりましたので、お迎えに上がった次第です!」

必要以上に、語気に力を込める様子が何とも微笑ましかった。
疑いもなく真っ直ぐにこちらを見据える目が、この少年の性格を如実に現しているようだ。

「謁見など、頼んだ覚えが無いのだがな・・・。」

「えっ・・・。」

こちらを直視していた目が、困惑の表情と共にサッと弛んだ。
明らかな狼狽振りに、こちらの方が申し訳ないことを言ったかのような錯覚すら覚える。

「あの、その、えっと・・・。私、閣下と謁見者の取次ぎが勤めなのです・・・。」

目を伏せがちに落とし、何やら忙しくモゾモゾと服の中をまさぐっている。
その動きが止まると、こちらを向き直り、懐から取り出した一通の書面を広げた。

「主人に聞いた客の特徴から、貴方様しかいないと思ったのですが・・・。」

その書面には、この宿の住所と思わしきものと、こちらの人相を伝えるものが
事細かく書かれていた。風体・体格・持ち物に、同伴者の有無。
その中でも、一見して分かる特徴は顔の傷だろうか。
ただ、名前の欄だけは空白になっている。

「この特徴を持った方は、他の泊り客の皆様には居られないようでしたっ!」

貴方しかいないと言いたげな顔をし、じとっとした目でこちらの様子を見ている。

「だが、許可を願ったのは俺じゃあない。」

その目をかわすように、興味の無いと言った様子で手を振り、近くの椅子に腰掛けた。

少年は、どうしたものかと思案に明け暮れている様子だったが、
ふと思い切ったように目の光を強くすると、もう一度直立の姿勢を取った。

「とにかくっ!貴方をお連れしないと私が叱られ、いや、任務を全う出来ませんっ!」

その鼻息がこちらまで届きそうな程、少年は興奮した面持ちで言った。
だが、目には薄っすらと哀願するような色が浮かんでいる。

「と・・・言われてもなあ・・・。」

少年の勢いに圧され、困ったように頭をポリポリと掻いた。
先ほどの書面を思い出すと、副領主の目当ては明らかに自分だろう。
だが、こちらを呼び出す意図がわからない。

迂闊にほいほいと付いて行くには、判断材料が少なすぎる。
相手の身分が高すぎる為、無下に断るのは得策ではないが、用心に越したことはない。
幸い、昨日この街に来たばかりの自分の素性は、はっきりとは漏れていない。
ここは断るという選択肢が一番だろう。

「あっ!」

こちらの様子を不安げにオドオドと覗っていた少年が、
突然、通りならば誰もが振り返るような大きな声を出した。
そして、もう一度、忙しない様子で懐をまさぐる。

「今回に限り、先方が直ぐに招きに応じない様子なら、これを渡せと・・・。」

と言って、懐から一通の手紙らしきものを取り出した。
それを渡そうとする少年の目は、切り札があった安心感からか、
先程とは打って変わった様子で、爛々と明るく輝いている。

勢い良く伸ばされた手から羊皮で包まれた封書を受け取り、紐を解く。
そこには一見読み難いような、走り書されたような文字が羅列してあった。

男と少年の間を、音の無い静かな時間が覆った。
開かれた窓からは、新鮮で優しい風が絶え間なく入ってくる。
室内には、キラキラとした陽光が木漏れ日のように降り注いでいる。

手紙を読み終えた男は、封書を元に形に包み、紐でキュッと結んだ。
それを荷物の中に入れ無言で立ち上がると、そのまま戸口へと歩み出た。

その間、顔は少年の方へと向け、行くぞと指示を送るように顎を扉の方に軽くしゃくった。
男が動き出したのを見て、少年は、パッと嬉しそうな表情を作ったが、
思い返したようにキュっと固い表情へと作り直した。

そして、小走りで男を追い越すと、その手を誘うかのように歩き出したのだった。


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この記事のコメント

続きまだ〜
2008-05-09 Fri 07:07 | URL | A #-[ 編集]
気長〜〜〜〜〜〜に、お待ちください。
2008-05-10 Sat 01:33 | URL | Lion Heart #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008-05-15 Thu 09:29 | | #[ 編集]

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